「怖い話」ついてくるもの 


 

【ついてくるもの】

 

 

「つけられている?」

何となくそう思ったが、どうやら勘違いの様だ。後ろにいるのは小学生か。

恨みを買う言われがまったくないと言えば嘘になるが、

それは職業上しかたがない。

 

しかし居心地が悪い。店のやつらにせがまれてとった、予定外の休日だ。

一旦生活のリズムから外れると、どうしたものか、自分でもわからない。挙句、なんの因果か、こんな辺鄙な田舎町をぶらぶら歩いている。

 

俺は気を使ったのだ。俺がいると店の若者は少し気をもむらしい。親身になってアドバイスしてやっているのだが、どうやら無駄に怖がられているのだ。

 

だからって、こんな何もない所に来ることはない。

なんとなく電車にのって、何となく降りたのだ。店の最寄り駅の繁華街とは大違いで、大した建物もないが、自然が盛りすぎてもいないのが良かったのか。

まあ、たまにはいいだろう。

 

駅の近くには、見たところ、コンビニとカフェと交番があるだけで、ほとんどの土地が無駄にされ、何も使われていなかった。

ただ舗装された道だけが広い、老人の町と言った感じで、まるで活気がない。

居酒屋も近くに一件しかないようだ(そのくせコンビニだけは近い所に3軒もある)。

 

 

少し歩いたところに、図書館を見つけたはいいが、まったくの期待はずれ、いや期待通りだった。建物がすごく小さい。敷地はやたらと広いのだが。

硬い本も、軽い本もなく、中途半端な流行本を集めただけ、そんなラインナップで、馬鹿な田舎者はそれでも読めば、背伸びをした気にでもなるのだろうか?

 

閉口したが、腹は減ったので、パンを買ってどこかで食べようと公園でも探しているのだが、ここは小学生の通学路だったか、下校途中ということはもう三時か四時ぐらいか?

 

そういえば、周りはすっかり垣根に囲まれた住宅街だ、道も狭い。坂も多いのかもしれない。しかしさっきからガキどもがうるさい。

 

A「でさあ、そいつがさあ、現れるらしいんだよ、この辺の道に」

B「それって〇〇男でしょ、しってるよ。たしかそいつに出会うと呪われるとか」

A「そうそう、でも逆に呪われている人は呪いが解けるらしいよ」

C「なんじゃそりゃ、そいつは人間なの?神様なの?それとも幽霊?」

B「わからないけど、怖いよね。ポマード、ポマードっていえば逃げられるらしいよ」

C「それは口裂け女でしょ。自由研究で探した俺が言うのだから間違いない。」

 

偶然聞こえてきた、たわいのない会話だ。しかし〇〇男?よく聞き取れないが、何か新手の怪談だろう。大人でも、もそういう話を喜ぶ人間はいるからな。

 

近くに学校があるのか、通っていなかったから思い出自体があまりないが、

俺がこのぐらいの頃は何をしていたんだろうか?

勉強をしていたのか、遊んでいたのか、それとも働いてでもいたのか・・・・・

 

 

「俺は何をやっているんだ?

なぜ葉っぱをむしっている? なぜアリの巣の観察なんかしているのだ?」

 

気が付いたらもう公園についていた。少し意識が飛んでいたらしい。

ベンチに腰かけている。あたりには人がいないからよかったものの、

中年男が、まったく、意識だけ小学生時代にでも戻ったのであろうか。

大した思いでもないのにな。

 

いや意識が飛ぶというのは、不自然だ。

こんなことは一度だってなかった。薬でも、酒でも、性行為でも、たいして酔えない人間なのに。

どうも感傷に浸って、時間や記憶の感覚がぼやけているらしい。

無理もない、ここ数年間、がむしゃらに働いてきたのだ。ノイローゼになっても当然だ。

 

アリなんて見ていても、しかたないから、パンでも食べるか。

手が汚いが、かまうことはない、すこし石や砂みたいなものがついているが、

コンクリートブロックでも触ったのだろう、ザラザラでひんやりした感じだ。

 

 

しかしだな、人はいないはずなのだが、あれはどう見ても、まともな人間じゃないんだが、蜃気楼だろうか、こちらに、くねくねと、近づいていてくる白い人間が見える。

 

「ややあ、やっと見つけましたよ、あなたにお会いできて光栄です」

 

ガリガリに痩せて、白い服とジーパン、いやインナーとぼろ布を身に着けた、ニ十代か三十代の男だ。くねくねじゃない。

 

前髪と境界のわからない無精ひげの隙間から、キョロキョロと目を泳がせて、挙動不審だ。しかし、そのくせやけに不躾な態度で、目にも何か希望を抱いているかの様な、輝きを放っていやがる。

見るからに不健康そうで、靴の紐も無造作に絡まっているだけ、全てがだらしのない落伍者と言った印象だ。

 

「ね、ねえ貴方、私が真実を教えて差し上げましょう。」

 

ああ話しかけないでくれ、ひたすらうるさい、顔の周りにうろつく、ハエの様な外見の男だ。無視したい、が、どうもできそうもない。

 

彼がもう、どう引き返そうとしたところで、半分はこの世の者でないと、俺にはそう思える。さけえない不運には身を任せることも必要だろうさ。幽霊からは逃げられない。

 

「見たところ私より大分若いようだけれど、なんの真実を教えてくれるんだい?

おじけづいた心で、そのゴミの様な恰好を白日の下にさらして、正直に言えば、私は君のような人間の末路を普段、場末でよく見ているし、別に関わりたいとも思わないが。」

 

「ああ、貴方という人は。なんて率直なお方でしょう! いやさすがです。

いえね、そうでしょうよ。私は一見すると、ただの落伍者、ここら辺では、図書館男などと呼ばれているんですよ。

私の博識というのは、私の貧乏と同じぐらいに、みんなに知れ渡っているわけですよ。しかしそれを証明する機会がないのです。私の仲間たちは学識のない老いぼれ達ですからね。

それに引き替えあなたは感じの良い壮年で、その大きな体でも、知性が漏れ出しているようだ。すぐにわかるのです、私ほど、人間心理に精通している人間もいないのですから。もうアドラーが裸足で逃げ出すくらいにはね

(補足しておくと嫌われる勇気があるというシャレなんです)。

 

ところで、話というのは、その秘密ですね、世界の真実に関することですよ。

だってあなたは聞きたいのでしょう?僕を小さな虫けらだと思っているのなら、僕が震えていることなんて、解る訳がないのだし。」

 

ぶるぶるといよりは、がたがただ、しかし、そうか他人を客観視するとわかるが、ここは図書館の近くの公園なのだ。やはり少しどうかしていたらしい。だからこんな変人を呼び寄せてしまったのだろう、それとも職業柄だろうか?

 

「あきらめてその話を聴こう。いや正直に言うと、今の私は疲れている、今の店と会社を持つために長年苦労をしてきたのだから、気が抜けてしまったのだろう。君のことは私の心の中の幻覚程度に考えているのだよ。しかし勘違いしないでほしいのは、私と君とは同類ではないということだ。」

 

「もちろんですよ、僕とあなたが同じ人間なわけはありませんからね。だから秘密というものを教えて差し上げるのですから。では話しましょう。この世界を裏であやつっている秘密結社の存在について」

 

 

彼の話は要領を得なかった、いや一応はまとまっていた。ある想念を何年も何か月も思案して、そして今待ち構えたように嬉々として語っていることは良くわかった。

その知識の源泉は、彼が背にした図書館に貯蔵してあるのかもしれない、だとしたら税金の無駄だ。

 

 

この世界は、爬虫類型宇宙人のレプティリアンに支配されているという。

彼らは、この次元より高次元の世界から、我々の精神を支配しているのだという。どうも人類は彼らにとっては食料のようなのだ。

一方で、彼らは、人類をコントロールするために、人口削減計画を進めているらしい。

どうも彼らは、カバラ魔法というものを使って、人の精神をコントロールするイルミナティという秘密結社を下部組織としてもち、人間社会をコントロールしているらしい。

彼らは唯一絶対の宗教を信奉し、それは悪魔崇拝だという。

人類の類型を、理性・気概・本能の、三階級に分けて、大多数を占める本能で生きる人間を駆逐することで、理想的な民主主義を実現することが、できるという理論の様だ。民主主義の最大の天敵は愚民なのだと。

世界はイルミナティが操る、さらなる下部組織、世界銀行勢力の支配下にある、世界銀行勢力はマネー創造能力を使い戦争と経済と情報を牛耳って、人々を洗脳している。

私は経済について質問したが、彼の主張は基本的には、現代貨幣理論に基づいていると言っていた。政府が日銀を統制して、しっかりと通貨を発行すれば、実質経済に流通する通貨の総量が増えるので、今の不況、デフレは乗り越えられるという。

日本が財政赤字でもそれが自国通貨建ての国債である限り、実は財政破綻することはない。わかりやすく言えば国民の借金が一人800万もあるというのは、デタラメなのだと。政府はいくらでも円を創造できるからだと。

インフレも問題ないらしい。それは量の問題であり、現にデフレなのだから、インフレ論者は極端な虚偽の主張をしていると。

私が日銀は円を発行しているというと、ただ量が足りないだけなのだといった。デフレを乗り越えるほど発行していないのだと。またそれが庶民に手に渡らなければ、実質経済における、貨幣の流通量が増加することはないわけだから、結局意味がないのだと。

日本には投資すべき事業が無数に存在するのに、日銀はそれを無視して投資先がないと言い張っているのだとも。

 

金融経済は製造業等の実体経済に多大な影響を及ぼし、その主権者たる資本家、銀行家は庶民の生活をボタン一つで左右することができる。サブプライムローンだけ見てもそれは明らかだと。いくら働いても楽にならないのは、まさにこのせいなのだと。

結局、神の見えざる手で、市場が何とかなったり、際限のない経済成長で人々が最大多数の最大幸福にあずかれたりは、しないのだと。

なぜならそれは権力とは、人を支配する力であり、資本主義社会では貨幣を良く持つものが、そして発行権を持つものが、その権力者だからだと。

 

「トリクルダウンと言うが、僕なら一滴も自分の分はこぼしませんね、もし不当にこぼしてしまったら、他かからむしり取って、補充するだけですよ、弱った人間からね。

甘い甘い、砂糖やチョコレートがどういう経路で日本の子ども達の口に入り、お母さん、お父さん、と楽しい団欒の時を過ごすのか、考えたことがありますか。

それは、資本家の経営する、プランテーションで一日百円で働かされる、海外のある家族のおかげなのです。今もある現実ですよ。

我々はその笑顔を食べてしまい、その我々みんなの、笑顔と涙の、裏に秘められた日々の重労働の成果を、資本家は平らげるわけです。」

 

彼は、政府が責任をもって通貨を発行する事、経済を混乱させる金融経済の適切な範囲での規制、国民の意識改革が必要だと説いていた。

 

そして、

「世にはびこる、努力万能論、自己責任論が、そもそもの間違いなのですよ。ある人は言います、自由意志こそが、我々の持ち物、我々自身なのだから、どの様な選択をして、どのような結果になろうとも、それは自己責任だと!甘えている人間の言い訳は聞きたくないし、誰も助けはしないだろうと!

愚かなり、これが日本の大人というやつらです。大人には社会を維持改良する責任がるのです。どこまでも自己中心的なのか。目先の欲望が全て、動物の知性というものですよ。

【自分がやられて嫌なことは、相手にやらない】

これが日本の学校でよく教え込まれることですが、これだけを愚直硬直に信じる点が、まさに日本人の知性の限界、マッカーサーがいった日本人精神年齢十三歳説の根拠の一つ足りえます。

【自分がやってほしいことを、相手にもやる】

これが上記から導き出される当然の論理的帰結なのです。しかし誰もそのことすら、初歩的な学問も知らないから、鈍感だから、気が付かないのです。」

 

 

ふむ、しかし、マッカーサーが日本人の精神を十三歳といったのは、米国の議会で、日本をかばうためにあえて卑下していったはずなのだが。まだ民主主義が幼稚なだけだから日本を追求しないでほしい、みたいなニュアンスだったはず。

 

 

「いいですか、今の日本人には、気概が足りないのです。このままでは日本は滅びますよ。我々をしっかりと根底で支えている者、それが気概なのですから。我々を動かすのは、自由意志ではありません。そして人から気概を奪うのは簡単なのです。世界を変えるためには、もっと日本人は志もって行動しなければなりません。」

 

 

「まだ続くのだろうね。もう手あかのついた御託なのだろうから。しかしだね、矛盾点を言わせてもらうと、爬虫類人間たちの食糧が、人間なのに、人口を削減するのはおかしいと思うのだが。豚を食うのに、飼いやすいからと大量に間引きはしないだろう。

第一、もし論理的な誤謬がないとしても、君はそれを証明する方法を持っているのかね、いやせめて自分の目で見たのかね?統計だの証拠だの、どうでもいいのだ、そんなものは重要ではない、皆を納得させるかだ。

はっきりって、君はなにか努力というものをしたことがあるのかい?ただの屑にしかみえんよ。いい年をした取り返しのつかないゴミ屑、あえて言えば、雑魚キャラそのものだ。」

 

「ああ、貴方という人は、本当に、そんなことは私が承知していることは、もうご存知でしょうに。私がいいたいのはね、まさにそこのとなんです!

努力ですって、不運な僕にそんな贅沢な行為が出来るものんですか、恵まれていないんですよ。自由意志なんて幻想ですよ。

本当に自由な意思があるのなら、今すぐ死んで見せてください。心が自由なら出来るはずです。

ええ少し極論に走りすぎましたね、ただ私はねこれらの話を神様いえ、〇〇男から聞いたんですよ。」

 

 

「〇〇男?ある人が言っていたからって、オバサンの井戸端会議じゃあるまいし、第一、そういう不確かな情報でも人は死ぬ、現に殺されているんだよ。まあお前さんの場合は、自分自身でね。

しかし、努力が贅沢品ね、ああそうだね、君の様な人種には事実そうなんだろう。その通りだよ。じゃあ自由にのたれ死ぬことだ。正論は人を殺すんだな。いやもう見捨ててくれた方がどんなにいいかと、思っているわけだ。

ただなあ、俺の業界だと、結構義理堅い所があってな、聞き分けのないやつには、鉄拳制裁で叩き込んでやるのさ、世の中の厳しさをね」

 

「ガタ、バキ!」

もうこれ以上、がたがたぬかすな。ゴミは思いっきり蹴飛ばしてゴミ箱へポイだ!情けない悲鳴を上げるな、さっきまでの威勢はどうした?震えるなよ。どうせいつも頭から泥をかぶったような人生じゃないか。

 

男は去って行った。

フム、厄介な人間を相手にしてしまった。

 

ああいう、進歩のする気のない、人間がいるのだな、そうだ程度の差はあれど、俺の店にもいる、何も珍しくはない。

あっちが勝手に金に困って泣いてくるから、おれは金策や税制、悪い仲との縁の切り方について具体的にアドバイスしているのに、あいつらはそれでは不満なんだ。

ピンチというものをチャンスとは考えない。あいつらにしたら、大人の男の社長様の俺に、泣きついて魔法の杖で何とかしてほしいと。こういうわけだ。

「そのお金を作る、卑怯千万な魔法のテクニックで何でもできるのでしょう?」

という風にね。馬鹿者で、自分では、何も考えたくないし、何もするつもりもないというわけだ。

ああいうやつらは、破滅する。闇を抱えたやつなら、この業界にはごまんといる。しかし、のし上がろうと思ったら、その闇こそを武器にしなければならない。闇におぼれるやつは使い物にならない。うちの若いやつらにも言える、大事な商品を傷つけてどうするんだよ。

しかし、またクズが戻ってきた、まだあきらめていないのか?

 

「ねえ、貴方! 聞いてください、私は今こそ本当のことを言います。私はこの話を午後9時の道化師に聞いたんです。ですから本当のことを言います。本当は・・・」

 

―――――――――――――――

 

気晴らしにあてもなく、歩く。しかしそのせいでどこにいるのかわからない。

住宅街だが、完全に迷子だ。スマホなど見ない。どうもあの小学生たちに影響されたのか、そういう歩き方をしたくなったのだな。

困ったのは腹が減ったことだ。パンは公園においてきてしまったからな。

 

昔俺は、こんなふうに見知らぬ街に行って、住宅街の迷路、草が伸び放題の空き地、見知らぬ学校、初めて行く公園、金もないのに、背伸びしてまで押しまくっていた自動販売機、粒入りオレンジジュース、

デカい蜘蛛の巣、落ちている軍手、たまたま公園でであった、他の学区の女の子、突然降る雨、なぜかその時だけは、相手がお姫様で、俺が王子様にみえたような、そういう類の冒険をしていたんだろうか?

 

そんなことが、あったような、なかったような、失った若さでも、求めているのかな?更年期というやつか!

 

フム、ごくくだらない出来事や考えでも、ある種の啓示的な光を、発する時があるが、勘違いなどではなく、概して、直接的に何か後ろめたいことを予感して、正気に戻った合図なのだ。

 

陰に子供がいる、電柱の陰に。

女の子、女子高校生?

何故かぬいぐるみを、抱えている。

通り過ぎたいが、こっちを見ているなあ。

 

死人を見るような目でこちらを睨み付けている。自分はさも絶望しているんだ、そういわんばかりに、その眼は希望に燃えている。

ああ、まるで俺が君の王子様だと言わんばかりに!

 

「私を連れていってください」

 

これが第一声なのだ。まったく意味が解らんぞ。

 

気が付くと公園にいた。先ほどの公園よりも少し狭い。

私の馬車、いやブランコの隣には、わが姫君が澄ました顔で乗っていた。

 

フム、これは、どういう現象なのだ。俺が今日疲れて、おかしくなっているのは解った。しかし、こんなガキに言い寄られたいなんて、妄想だろうか、しかし現実に目の前にいるのだ。

気が付くと彼女はうつむいていた。涙声で、俺になにかを訴えていた。そしてあらかた言い終わると、こちらを見上げたが、やはりその眼は、悲しみよりは別の物で光っていた。

ああ、そうなのだね。断定は出来ないが、それは怒りになりきれない、甘えの涙なのだ。まだ言い足りぬと彼女は涙をぬぐう。口が頭ほど利口ならば、どんなにいいかと僕も思う。

いや彼女は確かに、怒りに震えていた。俺についていけば悪鬼達に復讐ができるという。

 

彼女の口からはとても出てこない、そういう類の思いでは、僕が語らねばなるまい。

 

彼女は、普通のどこにでもいる女の子だ。しかし学校ではいじめられているという。

理由は、家が池田先生の信者だからだそうだ。きっかけは友達の誘いを宗教上の理由で、断り続けなくてはならなくて、だんだんと仲間の輪から外れていったということだ。

彼女の家では、借金が1500万あっても、貯金が20万しかなくても、とにかく池田先生に全力でお布施をしていた。家は少しずつ貧乏になって行った。少しずつだって!?まったくなんという金銭感覚だ。

親たちは、毎日お祈りを欠かさなかったし、娘にも強要した。世の中の悪いことは全て池田先生に逆らう悪魔たちの仕業だし、良いことも池田先生の御威光のおかげだった。そして・・・

 

 

「まって、そこから先は私に話させて。私はそんな両親でも愛しています。でもやはり見返してやりたかった。

私は、幼いころは、どこか内気な子供で、両親の言うことさえ聞いていれば、世の中は上手く行くのだとそう思っていたんです。幼稚園とか小学生低学年のころは、大人の言うことをよく利く子供で、とてもほめられました。

でもそんなのは、まやかし。両親を信じていても、池田先生を信じていても、他人を信じても、それで幸せになれるなんてことない。

 

だから、あの日、親の蒙昧さに心底落胆した、いや初めて疑念を持ったあの日、

生まれて二度目に、日の光を浴びた日、私の頭をおおっていた霧が晴れて、母なる自然と、地と、風と、水と、炎と、決別し、光りと出会ったあの日、永遠なる子供時代と、決別したあの日に、私ははっきりと誓いました。自分の力で生きていこうと、そして両親を改心させようと。

 

それ以来、努力して、成績も運動も、友人関係だって、しっかりと頑張ってきたんです。

でも両親は、私が何か結果を出すたびに、例えばテストで100点るたびに、池田先生にお祈りしたおかげだねと、そういうんです、それしか言いやがらない。

ああ、実の娘が頑張って、どんなに頑張っていても、そんなことは彼らにはお構いなしなんです。まったく、本当に努力の出来ないクズなんです。

そんな両親に束縛されて、それでもがんばってきたのに、いつまでも私の足を引っ張って、今では、もう友達関係までも邪魔されておかしくなりそうです。最近は勉強もろくに手が付けられない。何もかもがうまくいかない。学校ではいじめられている。

 

ええ・・・・・・・・・・それはもうひどいものですよ。上履きに画鋲を入れられるとか、椅子に糊がついているとか、そういうことではないんです。

私に問題があるのなら、はっきりとしかるべき態度で、言ってくればいいのです。

私にも落ち度はあるでしょうし、直そうとも思います。そんなに完璧な人間ではないし、第一、もしかしたら気が付かないうちに、人を散々苦しめているということもあるかもしれませんからね。

 

しかし、あいつらは、私に落ち度があるから、私をいじめるんじゃないんです。だから許せないんです。

ただ弱い立場の人間が苦しんでいるところをみて笑いたいんです。悪魔の笑い、心底の愉悦からくる笑いなんです。

彼らからしたら、相手がか弱くて、そして価値がある人間なほど、侮辱するのが楽しいんです。虫を殺すより動物を、動物をいじめるより人間を、人間の心、人間の美しい心を、汚すことこそがです。

それも集団で絶対に自分たちには、逆らえないようにして、服従させて、それが彼らには愉快で、愉快でたまらないんですよ。

いじめられる方は、悪意なんて大してなく、物を知らないと言うだけなんです。両親もあんなふうで、先生も日々の保身が最優先なのですから、頼れる人も、いなく、心が弱った人間に何が出来ましょうか。

世界がかすんで、灰色に見えている人間に、世の中を正しい目で見ろと言われても、それは順序が逆、いえそういう人間にこそ、視力の検査が必要なんです。

 

そんなか弱い個人を集団で、苛め抜く、心底の愉悦を浮かべながら、ねえ貴方も知っているでしょう。よく観察しなくとも事実彼女達は、いえ、抽象化して彼らと言うべきでしょうが、とにかく人というのは弱い者いじめがとても好きなんです。大好きなんです。

 

彼らこそが意図して悪意を持ち。集団で人を苛め抜く、悪人なんです。問題はいじめられている人も抱えているでしょう。

でも、いじめる方が悪い、精神が劣悪だという点において、悪人だということは、もうはっきりと明らかな事なんですよ。

 

あんな勉強もたいして出来ないようなクズどもに、人前でみんなに嘲笑されている。いつも誰かに笑われて、非難されているんです。あんなクズどもにです。

やる事、なすこと、それは合理的でないとか、怠惰だとか、お前はブスだとか。とにかく、クズはクズなんです。

 

例えばこんなふうにです。

ある日私が外出先で、偶然、美しいアクセサリーを格安で手に入れました。私はそれがどうしてもほしくなったのです。

しかし、数日後に、同じアクセサリーが、家の近くで、さらに安く売っていることに気が付くのです。するとどうです、この時を待ち構えていた悪魔たちが、騒ぎ出します。

「どうして家の近くの店で売っていることに気が付かなかったんだ。お前はとんだ間抜けで、計画性もまるでない、馬鹿で、感情でしか行動できない。あーあもう少し調べてから買えば、安く買えたのに、あーあ、馬鹿な娘、永遠に他者に支配されるべき動物の様な人間、無価値な存在、笑い者赤鼻トナカイ、いじめられて当然の屑」

 

人の不幸、少しのミス、それが偶然の産物であってさえ、いえ、別に何の落ち度がなくとも、とにかく、人をいじめるのが悪魔の生きがいなのです。

貴方も知っているでしょう、普段親切で立派な人間でさえも、ふとした瞬間、人の不運にたいして、意地悪な笑みを浮かべていることを。

葬式の時、心の中で笑ってはいけないと、そう必死に押し殺して、うつむいて神妙な顔を作っている人間がいることを。

そして、馬鹿な理想主義者達が崇める、歴代の英雄・賢者たちさえも、積極的に沢山の人間、その美しい心をさげすみ、犠牲にしてきたということを。

しかも彼らは、それが尊い魂だと知って殺したくせに、あえて虫けらのノミだと、罪を逃れる言いわけをしたのですから。彼らは皆偽英雄なのです。

 

それだけなのです。ありきたりなのです。

しかし、現実に被害者になった人間はどうなるのでしょうか?

悪魔に人を傷つける権利があるのなら、人間にも意思を行使し、行動を起こす権利、復讐する権利があります。

あたしは、あいつらに復讐して、私の正当性を証明します。私が何をしたというんですか?まじめに頑張ってきたのに、全部他人に壊されたんです。

ええ、違いますよ。そうですね、貴方は本当にご立派ですね。あなた方が何でも正しいとうわけですか。そうです私にはただ力がないんです。私が怠惰なんです。愚かなんです。でもだから変えなければならないんです。」

 

彼女はそういうと、まるで弟のように膝にのせていた白い熊のぬいぐるみを、悪しざまに睨み付け、殴り始めた。

「この、全部あんたのせいよ、馬鹿な弟、いくじなしの泣き虫男、あんたは、どうしようもない馬鹿だわ、いい子ぶるのはよして、あんたはただ無責任な弱虫よ。」

 

 

なるほど、よくはわからんが、頭のおかしい両親とつきあっている内に、色々と苦しくなってしまったということなのか。しかし、なぜこんな見知らぬ俺に声をかけてきたのか、

もし俺が裏稼業の人間だから、などと言い出したものなら、即刻立ち去ろう。

まあそう言うだろうが、まさか「極道の妻とかをみて、ぴんときたなんて言おうものなら・・・

 

「おじ様、裏稼業のお人なんでしょう。闇金融とか、その風俗とか・・・・・ヤクザとか、私には解るんです。南の帝王のファンなんでよくわかります!」

 

ああそっち、それヤクザ映画か?

しかし、わが姫君は頼んでいるのではない、命令しているのだ。俺を睨み付けているのだ。

もうこれは幻想に違いない、どうやらおかしくなっているのは、俺の方なのかもしれない。いやまだ大丈夫だ。すこし長い間働きすぎた、だけなのだから、状況を整理しよう。ただの偶然から、おかしな人間、いや少し破天荒な人間に連続であっただけなのだ。

なに、なんてことはない、これぐらいの破天荒人なら、さんざん見てきた。ただ今日は休日なのだから、頭を抱えてしまうよ。

 

「あまり気がすすまないけどね、お嬢さん。私は確かに風俗店を経営している。ああ陳腐な話さ。その経験から君にアドバイスをすることもできる。しかしそれは君のような年齢の子どもには、結構残酷な話であるのだが、それでもいいのかい?」

 

しかし、彼女はうなずいた。これで躊躇してくれればよかったのに。さっきのホームレスにも付き合ったわけだし、不公平はいかんと思っただけなんだが。ブログのネタにはなるのかなあ。

 

「いいかい?まず子供向けに前提を話すが、大人というのは物事をそのまま話したりはしない、つまり私が謙遜したり、自分のことを陳腐だと、言ったとしても、それを真に受けないでほしいということだ。

君は自分のことを力のない弱者だと言ったね。弱者をみんなが悪意でいじめるのだと。なるほど、本当の弱者、つまり小学生だとかなら、さっきの君の理屈は当てはまりそうだな。かなり贔屓目に見てだよ。

だがね、君はもう見たところ高校生じゃないか。力がないとは思えないがね。

一度しか言わないから、聞いてくれ。

俺は、若いころ、学校にもほとんど行かなくて、男娼をやって生計を立てていたんだ。

客というのは、40から上のおばさんばかりさ。そういうオバサン連中というのはさ、

「私も若いころは、ヤンチャしたもんよ」、なんて俺にいってくるんだよ。

何を寝言いってやがる。若い頃遊ばなかったから、自分の女を無視し続けたから、いまになって、自分よりずっと年下のガキに、それをなすりつけようとしてやがる癖に。

勘違いしないで、ほしいんだ。俺は女嫌いではない。俺はただ、そうやって現実を見てきただけだ。

 

君は迷っているように思う。逃げるか攻めるか。しかしその方法がわからないんだよな。ただ力は自分の内にあるんだよ。誰もそれに気が付かないのなら、君自身がそれに気が付かなくては、要はみんな見る目がないわけだ。

君にも当てはまるし、当てはまらないそんな、女の話をしよう。

だいたい、人間が駄目になる時、親の影響というのは多少あるものだよ。君の親のようなクズ親ならだがね。

 

「貴方は勘違いしているわね、私の親はクズではない、全て池田先生が悪いんです。池田先生が悪いのよ、私の家族を侮辱しないで。よくもまあ見ず知らずの少女の家庭を、悪しざまに嘲笑できたものだわ。大人ですって?

第一、誰がクズだと言うんの? 人間の心なんて、誰が裁けるというの? そんなお偉い権利があると思っている人間こそ、真っ先地獄に行くべきだわ。いえもう落ちているでしょうね。」

 

「聞いてくれ、なるほど全て池田先生が悪い。ところで嫌な話だが、そういう裏社会に進んで入るような人間は、君のように闇を抱えている者さ。陳腐だな。

私は、いや俺は今まで沢山の水商売の女と関わってきた。俺は別に、差別主義者ではないのだ。むしろ俺という若いころから体を売り物にしていた男からすれば、女と言うのはある種の怪物でもあり、最大の顧客でもある。主義でなく生きるために必要だったのだ。

 

これから話すのは、依存体質で自主性がない女のことだ。自分がお姫様のように扱われなくては、気が済まない。買う方にも、買われるほうにもこういう女はいる。

でも勘違いしてはいけないのは、彼女たちは夜の世界で、お姫様扱いされたいわけでは必ずしもない。売る方の話だがね、そんなことは望んでいないようだ。

彼女らはただ自分の正当な権利として、自分がお姫様扱いされないことに、そしてお姫様ゆえに、自由がないことに、どっちにしろ嘆いているのだと思う。

彼女たちは、貧乏でもないし、両親も健在だ。しかし自ら進んで夜の街に体を売りに来る。

だがね、すぐに、それも終わりになる。

彼女たちは、いざというときになると、すぐに逃げだしてしまうからさ。なにか思い通りにならないと、辛いことがあるのだと、お前が悪いのだと、そう叫んでね。

彼女たちは、家庭ではまさにお姫様なのさ。それを夜の街に確かめにきただけなのだ。お姫様ももう飽き飽きしているくせに、そこから抜け出す勇気はないと来ている。

彼女たちは、一体何に、縛られているんだろうね。なにに守られ依存しているんだろうね。

自分を溺愛し甘やかし、一方では、がんじがらめにして、決して飛び立つことを認めない、そんな存在がいたら、それを神のように慕っていたら、そうなるんじゃないのかね?やつらの目をくりぬいてやれば、いくらか目クラが治るのにと、俺はそう思うよ。

君の悩みとは違うだろう。君は自立しようとしているのだから。

だれに否定されても自分の力を信じろ、そしてその力が、時にただのミセカケでもいいんだ、人間関係なんて、なめられないことが、肝心なのだから。それが50代の老人からのメッセージだ。

俺は自分の経験からしか語れない。俺に声をかけるなんてのは、面白みのない言い方だが、自暴自棄の甘えというものだよ。えい!どうにでもなれなんてね。」

 

 

「おじ様って、私と同じで、【肩をすくめたアトラス】が好きなタイプの人間でしょう?だから声をかけたのよ。このシロクマちゃんとは大違いだって。

でも時おりうすら寒くなることがあって、そんな時は必死にその気分を打ち消すように、くだらないことをするの。私には、あの本のいう、ようなご立派な人間になれないというのかしら。」

 

「ああ、利己主義者の啓発本だね。特別な人間だけが偉いというわけだ、会社の社長とかね。そういう類の本を真っ先否定するようなホームレスにあったよ。

どちらも極端で単純で馬鹿だ。論理的でない、矛盾が多すぎる。願望を無理やりこじつけるのが、科学や文学だというわけさ。

たった一冊の本に、すべての真実が書いてあるように錯覚するのはどうしてだい?まじめに生きたことがないのか、馬鹿なのか、

それとも、何か特別に嫌なことがあって、そんな時に、キラキラ光が反射する深い色の川でも見つめていたか・・・・そういう時にはたいてい月が見ているんだな、気が付かないだけでさ。

 

俺はね、大人として、ボスとして、責任を負っている合理的に人を切り捨てることはある、しかし怠惰でも利己主義でもない。

 

今間違った選択をしても、未来はやってくる、人間万事塞翁馬だ。しかしね、もし君が思い描いているものがあるのなら、選択するには若いほうが有利だ。

自分の悩みを、揺らぎを恥じることはない、揺らぐから、悩むから、人は進歩するのだ。シーソーゲームだよ。

君の思い描くスーパーヒロイン、もし何の進歩必要がない連中がいるのなら、そいつは虫けら以下か、でなければ神様だよ。関係ない話だ。

少なくとも、私とくる選択肢はない。私は君の奴隷になる気はない。

君はまだやり直せる。周りのぼんくらのことは忘れるんだな。捨ててしまえばいい。

捨てる行動力がないのなら、ゴミはかたずけられないのは当たり前だ。ゴミ屋敷の主人になりたくなければ、いらない者は捨ててしまうことだ。ただ選別は慎重にするんだ。

もし、君が社会に出てしまえば、だれもこんな忠告はしてくれない。なるほど見たところ、利用価値があるのだから、ゴミになるまではかまってくれるだろうよ。」

 

 

「そうねいいお話だわ、でも・・・・・

ねえ貴方、わたしはね、別に貴方にお願いをしているんではなくてよ。私がその気になれば、貴方に誘拐されそうになったと、この場で叫ぶ事だって出来るのだから。お仕事に差し障りましょう? 貴方は他のクズとは違うはず、私を落胆させないでね。それで、もし私を連れて行ってくれるのなら、」

 

「どうもだめだ、お互いに抽象的過ぎたな、しかし・・・・・・

解りましたよ、一緒に行きましょう。ほら手を貸しましょう、お嬢さん、でも本当にいいんですか?」

 

「まだ引き返せますよ」

 

「・・・・・いやだわ、だれがあんたなんかと、触らないで!どうして私が、あんたのような社会のゴミ、悪の元凶と一緒に、いかなくてはならないの?人を売り物にする人買い風情が、虫けら以下の知能の人間が、なにを偉そうにのたまっているのかしら?

ご近所のみなさん、聞いてください!ここに社会のゴミがいます。いたいけな女子高生を誘拐しようとしています。犯罪者です。おまわりさん来てください。

 

さっさと消えて、目障りなのよ。

ああ、テディベアちゃん、私のシロクマちゃん、あなた何故そんな水たまりなんかに、今助けてあげるわ、泥だらけじゃない。ごめんなさい、私が馬鹿だったわ。あなたがあまりに泣き虫だから、つい放っておいて、悪いことをしてしまうところだったわ、これからは大切にするわ。ねえこの目の前にいる、悪人を貴方はどう思う?

 

「泣かないでお姉ちゃん。こんな人の人生をおもちゃにして傷つけて、そのくせ平然としていられる悪人は、本当に頭の動きが鈍いんだよ。今すぐ地獄に落ちるべきだよ。僕はね、こういう汚い人間が大嫌いだよ。」

 

 

 

思わず、逃げるしかなかった。

勝手の知らない街で、女の子に騒がれちゃたまらん。

ゴミね、まあ自分がご立派な人間でないことは承知しているさ。でもそんな人間どこにいるのやら。池田先生様ですかい?人間黙っていても、神様・仏様が救ってくれたらどんなにいいだろう、でも、あの女王様にとっては、それすら気に入らないのかもしれないな。

まったく、いつもなら、どうってことないのに、ああいう人間は、沢山見てきたというのに、本当に不調の様だ。

―――――――――――――

 

もう夕方だ、大分迷ったが、駅までの道に戻れた、いや結局携帯を使ったのだが、おかげで違う道で帰れた。いや別に観光など楽しんだわけではない。なにか後ろからつけられているのだ。あのガキか、ホームレスか。

さすがに、こういう経験はめったにない、ないわけではないが、これでもこの稼業の中では、人道的な方なのだ。それに何度後ろを探っても、誰もいない。

 

公園の前にさしかかったな、早足でかけよう。二度あることは、三度あるというからな。

公園ではサラリーマンが、ペコペコあやまっていた。腰を九十度にまげて、何度も頭を下げていた。「申し訳ありません。すいません。いえすみません。」携帯電話先の相手に向かってだ。

 

もう夕方の6時ぐらいだというに、団地というか、アパートとかに囲まれた、とても小さな公園、そこで謝罪を続けるサラリーマンなどは、ろくなもんじゃない。

いやもっと言えば、サラリーマンなんて、存在がもう飼われているだけの存在で、ろくなもんじゃない。やつらの会議というやつを、おれはよく知っている。なに、俺もほんの一時期だけだが、サラリーをもらっていた時期がある。

やることがないのか、どうでもいいことを、何時間もかけて、会議をして、結局のところ、結論がでなくて、誰かが、こうなったら基本に立ち戻りましょう、なんていいだして、最終的にはあやふやなまま終わるのだ。

やつらは、会社に、社会的地位に守られているだけの、無能だからな、自分一人では何もできないくせに、うちの店の人間には偉そうに管を巻く、ああいう連中より、夜の世界の人間のほうが、俺の店の屑共のほうが、はるかに出来がいい。

 

会社という組織に守られている間は、やつらは高級な顔をしている、偉ぶっているのだ。やつらは、のろまで個人では何も決定できない癖にだ。いつまでぐずぐず人に言い訳をしているのか、あの男は、何回謝れば気が済むのだ。ああ終わったようだ。

俺に言わせれば、夜の世界では、すぐに即答、2秒以内にことを決めなければ、話して決まらなければ、もう後は殴りつけて決めてしまうしかない。その方がはるかに合理的だ。

 

「くそ・・・・バカ息子が、お前なんて親が社長だから、楽できるだけじゃねえか。口だけ達者なやつ。そのくせ成果だけはかっさらっていきやがる。

いかん、いかん、俺には家族がいるのだ。俺の帰りを待っている妻子、だからああいうバカ息子のボンボンにも、そのごますりの部長にも、頭を下げなけりゃならん。

ああ、月並み・人並みな幸せ、これこそ最高のものだよ。

たとえローンが残っていても、たとえ嫌味なボンボンの世話を押し付けられても・・・なんで俺はそんな役ばかり、押し付けられるのか。

妻には顎で扱われ、小さいころからそれを見て育った息子にも馬鹿にされ、ああ、家でも俺の居場所はないのだ。でもそれでも幸せだ。人並みの幸せなんだ、それがあるのも、俺という小市民が、よって立つ、この日本という大樹が、しっかり根を張っているおかげなのだ。

 

でもね、それを支えているのは、逆にいえば、俺達のような名もなき人間なのだ。

どんな立派な大木も、土の中の見えない根っこ、それこそが本体なのだから。

だから、株主や経営者だけが偉いわけじゃない。別に声を大にして言い張ったりはしない。

でもね、やはり俺だって、価値のある人間なんだ。もっと大切にされて、しかるべき人間なんだ。それを忘れて、嘘だらけの働き方改革だの、成果主義だの、男女平等参画だの、いやそれはいいさ、別に差別主義者では無いのだから。うん競争は必要だよ、俺は共産主義者じゃない。アカだなんていったら社会では生きていけない。

でもね、俺達大人の男が今まで、どれだけ苦労してきたことか。それをなんのねぎらいの言葉ひとつなしに、無言で、世間も家族も、平然と切り捨ててきたんだ。

バブルでいい思いしたでしょ、とか、今まで女は横暴な男のせいで、虐げられてきたとか、

俺は氷河期世代だっていうの!リーマンショックがなんだ、バブルがなんだ、不景気がなんだ、何が失われた30年だ、アダムスミスがなんだ、ケインズがなんだ、アートネイチャーがなんだ、自己責任? 全部俺たちのせいじゃない!

 

どれだけ多くの男が、不景気、リストラ、満員電車、気分屋な上司の嫌味、出世競争、動悸、息切れ、女子社員の心無い噂話、まさに女の心無い視線、ダメ男を排除する自然淘汰だと、

喫煙者への当てこすりを耐え、飲めない酒で、いじられキャラとして、場を盛り上げ、接待ゴルフでごまをすり

終電まじかのマイホーム、空気は旨いが町へは遠いベッドタウン、毎日の残業につぐ残業、接待で、さんざっぱら騒いだあとの、やるせない孤独と涙。今まで一体どれだけの男たちが星空の下で、駅のベンチで、終電・始発の電車で、トイレで、いやありとあらゆるところで、涙をぬぐってきたことだろう。

家では女房子供から無視され、ろくに息子の教育もしないくせに、俺が何か言うと、男は黙っていろとばかりの口ぶり、

家事を手伝おうにも、やる事、なすこと、気に入らず、おまけに、濡れ落ち葉だなんて言葉すらある。

あの社長や、バカ息子や、部長にも、全然引けを取らない、いやああいうごくつぶしより、はるかに上等な人間だということを、思い知らせてやりたい。

例えば、あいつらが、困っている時に、なに会社は順調に傾いている、おれが契約を取ってきて、会社は息を吹き返す。やつらは俺を尊敬して、今までの罪を謝罪するだろう。自分がいかに見る目がなかったか。

女子社員の見る目も変わる。別に、妄想ではない。俺の貢献度を考えれば、それは何度もあったことなのだ。俺は再評価される、有能さ、偉大さが知れ渡るのだ。ただ過小評価されているだけなのだ。ただそれをどう認めさせるかだけが、俺にはわからないんだな。

いや今田こそは、今度あいつらが、無茶な事を、いいだしたら、きちんと、言い聞かせててやろう。いや別に、はっきりと引導を渡してやるのではない、きっぱりとはいかない。

ただウィットにとんだ、皮肉でちくりとさしてやるのさ。それであいつら良心を、じわじわ苦しめてやるんだ。

 

ああ、世の中の人々に言いたい、虐げられてきたのは、無視されてきたのは、こういう類の弱い普通の男なのだと、良心も善意もあるのだが、誰も顧みてくれないのだ。俺は十分に勤めを果たして、そして無言のうちに死ぬのだ。」

 

 

長くて大きな独り言だ、でも俺は、サラリーマンに、最大限の侮蔑の眼差しを浴びせて、そのくせわれ関せずとい言わんばかりの、要するに足を高く上げない以外は、兵隊の行進のように、堂々と無関心を装って、前だけ向いて、そこを通り抜ける。

 

数十メートル先だろうか、目の前に女がいる。

そして、まあ男3人組に絡まれているようだ、こんな周りに、人々が住んでいるところでよくやるものだ。俺は当然無視する。仏の顔も三度までとは言うが、もう疲れたのだ。俺は吸息に来ているのだ。よしもう通り過ぎた。

 

背後で、中年と思われる男の声がした。

「きみ、やまたまえ」

ああ、さっきのサラリーマンだ。

嘘くさい偽善を目前、いや目後にしては、苦笑するしかない。偽善戦隊ペコペコマンかい?

ああいやだ、いやだ。何も見ないでいいやつらは、一生演劇でもしてれば、いや踊らされていればいい。それで許されるんだから。

ならず者役の男たちもそうだ。あいつらもう20代前半だろうな、いつまで馬鹿なことをやっているつもりだ。金の稼げない大人はクズだ。

 

傷つけることは簡単だ。向うでかってに傷ついて行く、こっちで勝手に邪推する。しかしあいつらは全てがファツションだよ。

あいつらはなぜ女をナンパしているんだ? 性欲か? 性欲なんてものはそもそも存在しない、ただ暇だから、自分が冷徹な機械だということを見たくないから、ただの虫けらだということに気が付きたくないから、

だから熱いふりをして、まだ俺は若いんだと、鍛える価値があるんだと、向う見ずで未熟な子ども、狂人、悪人なんだと、そういうポーズをして見せるわけだ、いわばそれは見捨てられる恐怖だ、他者の評価に依存しなければ生きてはいけない人間こそを俺は見下す。

あの悲鳴を上げている若い女、あいつも今悲劇のヒロインというやつに浸っているだけだ。

 

若いころ女に利用され続けた、みじめな奴隷の俺だからわかる、愛なんてない。ただ、相手を利用して自分の隙間を埋めることしか考えていない。

心の清い救いの女神だの、正義のヒーローだの、燃えるような恋だの、すべてが、ベールに包まれてこそ美しい、若いころに女を謳歌できなかったモテないおばさんの持て余した性の残照、醜い体、そのくせ

「私も、若いころにはそりゃあ遊んだのよ」、とか、「あんたって本当にだめね」、「馬鹿ね」、「わたしがいないと何もできないのね」、

 

そんなことばかり、言いやがる。いやそんなことしか、覚えていいないだけで・・・

しかし、奴らは俺を道具として、物として扱いやがった。ペットだったのだ。

ただ人を支配して、利用して、ゴミ捨て場にしたいだけなんだよ。そういう類のやつらでも、月のベールで包んでしまえば、美しい女神に見えるわけだ。まさに幻想だよ。

もう俺には関係ないのだ。

 

 

「俺達に盾つくとはいい度胸だね、おっさんの癖に。俺達がここら辺のヤンキーの顔だってと知っとるん?」

 

「うるさい、その人を離すんだ。嫌がっているじゃないか、人の心がわからないのか!?」

 

「心ねえ、そんなもん、中学校に忘れてきちまったよ。ランドセルと一緒にな」

「お前詩人杉、マジ受ける。でも現実このオヤジから金むしり取ろうぜ」

「リーマンだからそれなりに持ってるっしょ、中間管理職の悲哀ウェーイ」

 

 

なんと、ぎこちない会話だ。まさに劇だ。5人ともだれも本気で、生きていない。どうせすぐに解散する。

ああしかし、サラリーマンは、一人で、戦っているな。リーダーと思われる白いパーカーの男、そいつに・・・・・しかし三対一は無謀だ、ほらかえりうちだ。

 

まあ俺には関係ないか、もうだいぶ遠くだ。でもやばいな、戦いに勢いが出てきて、あれでは危ないな。

 

 

三度までだ。

全力で走って、全力で殴りつける。若者を殴りつけるのはなれている。

ああいやだ。しかしこういう日もあるのだ。お節介を焼きたくなる日が。落ち目の人間ならいざ知らず。

 

「貴方、気が変わったんですか? 今までは白けた目で見ていたのに、どうして、僕たちを助ける気になったんですか? どちらにせよ頼もしい限りですが」

「俺にも分らん。たぶんストレス発散というやつだな。休日なんだ。」

 

ぐだぐだは言ってられん、今は力の限り戦うしかない。相手と距離を取り、体を小さくして、防御を固める、目で威嚇する、格好は悪いが、攻撃の方向と部位を限定させることが、万全の防御を形づくる。

そして、こうして、相手の攻撃速度を利用して、反撃の威力を増し、相手の心が揺れている内に、地面の威力を最大限に活かす、転ばせるのだ。これが体力の落ちた50男の戦い方だ、老いとは無駄な物をそぎ落とす洗練の工程なのだ、みたか、もう赤いい服の男一人を追い詰めたはず。

 

しかし、サラリーマンも意外に好戦的だ。そうだ足だ、足をつかえ、つかめ、そうして転ばしてしまえばこちらのものだ。若ぞうなんて転んでしまえば、案外もろいものだ。くらいつけ、くらいつけ。

 

俺も負けてはいられない。普段人を殴りつけるのには、慣れているんだが、しかし抵抗するやつは、意外にとらえにくいし威力も上がらない。店の者は俺に気を使っているらしい。こいつらはやはり手ごわい、水月にクリーンヒットしているのに、さっきも転倒したのに、また起き上がってくる。いやこうなればとことんムキになるだけだ。血が逆流する、さっきの老いのくだりは、まだ俺には早かったのかもしれない、撤回だ。

 

 

しかしあのヒロイン様は守らねばならない、どちらかが二人相手をしないと、2対3で一人余るのだ。ああ、しかしどうしたことか、脇を見ると、あのヒロイン様までいつの間にか嬉々として、男を殴りつけている。人を呼べよ、人を!なぜあんたままで、参加しているんだよ。たしかに、あの女子高生には、自分で何とかしろと言ったけどさ!

いやそれが正しい。これで3対3で五分の条件だ。

 

 

 

激闘は、あっという間に終わった。正確な時間はわからないが、とにかく俺達の中では、怒涛のように駆け抜けていったと。

俺は赤い服をきてサングラスをしていた男の連打を、前羽の構えの要領で受け切り、隙だらけの横腹に中断蹴りを3発連打して、KOした。やはり老獪な柔術的な戦い方より、こちらのほうが性に合っている。

 

ヒロインの方は、黄色いチンピラに金的をした後さらに、どこから持ってきたのか、植木鉢をその脳天に直撃させて勝ちほこっていた。女は倫理観がないから嫌いだ。

 

残るはサラリーマンと、白いパーカーの男だけだ。サラリーマンが不利だ。息を切らして血を流している。白男は余裕の表情だ。ヒロインが加勢に行こうとするがおれは止めた。空気が重くなる、二人の体が、予備動作を始める。次の瞬間我々6人の視界はスローモーションになった。

 

白男のジャブをおとりにしたストレートが目前に迫る。がしかし、リーマンの携帯が鳴った。ああ、最悪なタイミングで・・・・彼はその場で、素早く携帯を取り出し横を向くと、直立不動の状態で、腰を90°に曲げた、そして、

 

白男の攻撃はすこし同情めいたためらいを持ち、やや減速しながら空を切った。

リーマンは、電話を切ると、向き直り、

「大人の男をなめるなー」

そういって、白男の顔面に強烈な正拳突きを食らわした。勝負あったのだ。

 

我々6人は、その語直立してお互いを見つめ合った。気が付くと、団地というか、アパートというか、周りの建物の窓という窓が、全開に開いており、そこから出てきた人々が、我々6人に拍手を送っていた。

 

リーマンはその声援に対して、やたらむやみに腰を90度にまげて答えていたし、そのくせ同時に、先ほど殴りつけてしまった若者に怪我はないかと、気を使っているのである。

 

ヒロインは、いやその女性は、まさにここぞとばかりに優しさを発揮して、歓喜の涙を流し、古の魔術師よろしく、若者たちの体に触れ、屈託のない笑顔で、傷をいやしていた。

 

若者たちも、それに答えて、意味のわからぬ横文字を連呼し、人々に感謝の念を送り、そして自分の暴力と心を恥じて悔い改めている、そういう清らかさに満ち溢れて、しかも親切心から、そのまま6人で牛角にでも行こうかと、そう提案していた。

 

いや、なんてことだ。ちがうのだ。牛角に予約を入れたのも、その音頭を取ったのも、実質的にはこの俺なのだ。ああ、仲間たちと肉を食べよう、そんな気まぐれか、そういう気持ちになってしまったのだ。

 

―――――――――――――――――――

 

 

あれから、数時間たった。深夜の街、もうどこだかわからない、確かに肉は食べたはずだが、牛角ではない、大人が安い店に行けるか。

一体今日の出来事、いやもう昨日だろう、それが現実なのか、ただの夢なのか、それすらわからない。これしきの酒で酔うこと等ないはずなのだが。

 

 

公園で顔を洗う。4度目というのはきりが悪い。しかし、気分は大分すっきりとして来た。

さすがに4度目は何もない。もうすぐ駅につくはずだ。しかし焼肉屋から帰ったのはいいが、自分の最寄駅ではなく、またしらない田舎町で降りてしまうとはな。

 

しかし、しらふになるとわかるが、やはり誰かに付けられているのだ。

ホームレスか、女子高生か、サラリーマン達か、まさか例の小学生が言っていた。〇〇男か?いやたぶんこの道があの小学生の歩いていた道とよく似ている、狭い民家沿いの道だから、そう思いだしたんだろう。

いや幽霊なんていない、ただ若いころの不摂生が、白昼夢をみせただけなのだ、少し休めば正気に戻るだろう、こんなことは一度だってなかった。しかしもう正気になりかけているはずだ。

 

 

後ろに陰がある。月明かりに照らされて、足元に陰が出来ている。しかし変な陰だ。後ろにいるのだろうが、形が変だ。

(あのう)やつはそう声をかけてきた。

そしてやつは(やあ)といった。

 

 

ああいたんだ。君だったのか。

逆立ちをして、やけに、にやけた見下した笑顔の、俺とそっくりな顔をしたやつがいた。そいつが頭を下にしたまま、俺を見上げている。

 

ふざけたやつだ。いままでずっとつけていたらしい。

とりあえず、(やあ)とだけ返しておこう。

呪いが解けるといいのだが。

 

 

 

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